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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)24号 判決 1997年12月11日

アメリカ合衆国

ペンシルヴァニア 15230、ピッツバーグ、

パークウエイ ウエスト アンド ルート 60 ピー・オー・ボックス 88

原告

クルーシブル マテリアルスコーポレイション

代表者

ハーベイ オー シモンズサード

訴訟代理人弁護士

木下洋平

同弁理士

桑原英明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

山田靖

大屋晴男

後藤千恵子

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第1480号事件について平成7年8月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年5月16日に名称を「酸素含有永久磁石合金」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第110949号。1985年5月20日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権主張)をしたが、昭和63年8月31日に拒絶査定がなされたので、平成元年1月23日に査定不服の審判を請求し、平成1年審判第1480号事件として審理された結果、平成3年11月6日に特許出願公告(平成3年特許出願公告第69982号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成7年8月15日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年10月23日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  本願発明の特許請求の範囲1の記載

重量パーセントで少なくとも一つの希土類元素30から36、鉄60から66、酸素6000から35000ppm及び残部がほう素よりなる永久磁石合金

3  審決の理由の要点

(1)本願発明は「永久磁石合金」に関するものであって、その特許請求の範囲1の記載は前項のとおりである。

(2)特許異議申立人は、本出願は特許法36条の規定(平成2年法律第30号によう改正前。以下、同じ。)に違反するから拒絶されるべきであり、また、本願発明は特許法29条柱書の規定に違反するから特許を受けることができない旨主張する。すなわち、

イ 本願発明の特許請求の範囲1は、ほう素の含有量の限定がなく、組成が極めて不明確である。

ロ 本願発明は、「永久磁石合金」を対象としている以上、磁気特性が第一であり、また、高い磁気特性を付与するRFeB基本組成が既に周知であった以上、耐食性を改良するとしても、高い磁気特性を備えることが前提として存在しなければ産業上有用な発明の体をなさず、特許性は認められない(この場合は、特許法29条柱書にも違背する。)。

ハ 第1図(別紙A参照)の壊変テスト(オートクレーブ試験)に対応する磁石組成の、磁気特性に関するデータが全くない。

ニ 表-Ⅲ(別紙A参照)の「オートクレーブ試験した磁石についての磁気的性質」については、組成の表示が全くないし、酸素量すら不明である。

ホ 表-Ⅱ(別紙A参照)については、組成が書かれているが、オートクレーブテストしたものとの関係は全く開示がない。

ヘ 36000ppm(3.6wt%)の酸素は、その6倍の重量の希土類元素と酸化物をつくる(R2O3)。すなわち3.6×6=21.6wt%もの希土類(R)が消費されて、非磁性物になる。それにもかかわらず、磁石合金として有用であるとは到底信じられない。

(3)これに対し、原告は、発明の詳細な説明の「例1および例2に、Nd30~36%、Fe60~66%、B1%以下を有し、酸素含有量2000ppmの磁石合金より作られた磁石の磁気特性が示され、例3に、これらの磁石合金の酸素含有量を8000ppmにしたときの安定化試験の結果が示されている。したがって、原告は、手続補正書により、特許請求の範囲を訂正した。よって、上記の不備は解消したといえる。」と述べ、特許請求の範囲を、

「重量%で、少なくとも1つの希土類元素30%から36%、鉄60%から66%及びホウ素1.0%以下を含む永久磁石合金であって、酸素が6000ppmから10000ppmの範囲に存在することを特徴とする永久磁石合金」

に補正したが、この補正は、特許法54条1項の規定(平成5年法律第26号による改正前)により却下すべきものと決定された。

(4)判断

合金の発明において、出願時の技術常識からみて当業者がその発明を正確に理解できるといえるためには、その合金を形成する成分組成及びその組成によってもたらされる特性が解明され、この両者が明細書中に開示され、かつ、特許請求の範囲で限定された組成範囲について、その数値限定の点のみに意義があるような場合は、その数値を採用した根拠を、技術的な意義に基づいて、発明の詳細な説明において開示すべきである。

この点について本願明細書の記載を検討するに、例1において、ネオジム33、鉄66、ほう素1、酸素2000ppmの磁石合金について、オートクレーブを利用して高温と湿度にさらす試験をする前の磁気特性が記載され、例2において、ほう素0.85、0.75、0.65、0.94、0.964、0.971、0.978、0.986、0.993、1.00%を含有する酸素含有量2000ppmの磁石合金の標本10個(No.C-1~C-10)について、例1と同様の試験をする前の磁気特性が表-Ⅱに記載されている。また、例3において、表-Ⅱに示された標本に対し酸素量を8000ppmに増加した磁石合金について、例1と同様の試験をする前と後の磁気特性が記載され、例4において、例1の組成の磁石合金について種々の酸素含量でオートクレーブ試験をした後の磁石合金の壊変の程度が、例1、例2、例3の試験の壊変の程度と併せて、第1図に記載されている。

この第1図には、横軸に酸素量0~4.0%、縦軸に分解されなかった磁石合金の%が0~100の範囲で3段階に区分して示され、酸素が1~2.5%程度の範囲に、分解されなかった磁石合金の%がほぼ100%のレベルで水平な線が引かれている。

第1図は、例1に記載されたネオジム33%、鉄66%、ほう素1%の磁石合金について、酸素量を2000~40000ppmに変化させたときの磁石合金が温度と湿度にさらされたときの壊変に対する抵抗についてのデータを示すのみで、酸素量との関連で磁気特性がどのようになるか、何ら示していない。

この例1から例4の記載は、磁石合金が温度と湿度にさらされたときの壊変の程度について試験のプロセスとそのデータを示しているのみであり、発明の実施例、すなわち特許請求の範囲1に記載された組成範囲内のもので出願人が最良の結果をもたらすと思うものについて、特定の組成、その組成のときの磁気特性、製造法などの具体的事項を記載したものではない。

本願発明の合金の組成範囲内における実施例に相当するものとして、例1から例4に基づいて組成及び磁気特性を具体的に把握できる合金組成は、例2の標本C-4の希土類元素34.17%、鉄64.89%、ほう素0.94%のもの、C-5の希土類元素33.50%、鉄65.54%、ほう素0.964%のものにそれぞれ酸素を8000ppm含有させたもの(磁気特性は、表-Ⅲから把握できる。)のみである。

また、磁石合金が酸素を6000~35000ppm含有すれば、温度と湿度にさらされたときの壊変に対して優れた抵抗を有することが確認された組成は、例4中の「例1に述べられた組成と……」の記載からみて、例1に記載されているネオジム33%、鉄66%、ほう素1%のもののみであり、これに酸素が0.6~3.5%含有されたとき、計算上得られる組成はネオジム31.8~32.8%、鉄63.7~65.6%、ほう素0.97~0.99%である。

一方、本願明細書にも、「希土類磁石合金における酸素の含量が多くなることは好ましくないと考えられている」と記載されており、異議申立人が前記申立理由のへで述べているような現象を考慮すると、酸素量を多くした場合の永久磁石合金としての有用性は疑わしいのであるから、特許請求の範囲1に記載された「希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」の広範な組成において酸素量が8000~35000ppmとなっても、磁石合金として有用な特性が得られると推測できるものでもない。

してみれば、本願発明の磁石合金は、ごく一部の試験サンプルについての一連の試験データに基づく特性の認識だけに基づき、磁石合金としての広範な組成範囲を憶測により定めたものに等しく、その特許請求の範囲1に記載された「希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」の広範な組成について、酸素量が6000~35000ppmの範囲において、酸素、希土類元素、鉄、ほう素の各含有量がその上下限値の範囲で変動した際の、温度と湿度にさらされたときの壊変に対する抵抗の程度を示す特性とともに、磁石合金としての基本的な特性である磁気特性が合わせて解明、開示されておらず、これらの両特性は、上記一部の試験サンプルについての特性の開示や技術水準からみて、当業者にとって容易に知り得るか推測できるというものでもない。

また、本願発明はいわゆる数値限定の発明に該当するが、「特許請求の範囲において構成要件に数値の限定が付されている場合において、そのように数値で限定された理由については、特許出願前の公知技術との相違が数値限定の点のみに存する発明であるような場合を除いては、必ずしも常に、技術的事項を根拠とする限定理由がなければならないものではなく、まして、これが明細書中に記載されていなければならないものということはできない」(昭和53年(行ケ)第169号判決参照)とされ、出願前の公知技術との関連で数値限定理由が必要とされる場合がある。

そこで、本出願前の公知技術を検討するに、希土類元素、鉄、ほう素からなり、これに微量の酸素が含まれた永久磁石合金は、本願明細書にも本出願前の公知技術として欧州特許出願公開第101552号明細書(以下、「甲第4号文書」という。)を引用して説明され、また、昭和59年特許出願公開第217304号公報にも開示されているとおり、本出願前に公知であると認められる。

してみれば、本願発明は、公知技術との相違が含有元素量の数値限定の点のみに存する発明ということになり、それゆえ、技術的事項を根拠とする限定理由がなければならないものである。

ところが、本願発明の特許請求の範囲1で規定されている「希土類元素30から36」、「鉄60から66」、「残部がほう素」の各限定理由については、何も開示がなく、技術水準からみればこのような限定された範囲を満足しないRFeBからなる永久磁石も本出願前に公知であることからすれば、特許請求の範囲1で規定された組成範囲がRFeBからなる永久磁石として技術常識であるともいえないので、何故にこのような数値が採用されたのかその根拠が不明であり、酸素含有量との関係でこれら元素の数値限定の技術的意義が不明である。さらに、「残部がほう素」という表現は、計算上、「9.4%以下」とも「3.4%以下」とも解釈され、また下限値がゼロでもよいのか否かも不明確である。

(5)以上のとおり、本願発明は、永久磁石合金の発明であるにもかかわらず、

<1> 特許請求の範囲1に記載された組成範囲の合金は、ごく一部の組成のものを除き、その組成範囲全体にわたる該合金が温度と湿度にさらされたときの壊変に対する抵抗の程度を示す特性、及び、磁石合金の基本的特性である磁気特性が開示されておらず、

<2> 特許請求の範囲1に記載されたRFeBの組成範囲の数値を採用した根拠が、発明の詳細な説明に記載されていない

ので、本願発明がその構成によっていかなる作用効果を奏するか判断することができず、さらに、

<3> ほう素の含有量の範囲が不明確である

から、これら<1>、<2>、<3>の理由により、当業者が本願発明を正確に理解できるとはいえないものであって、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその発明を実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとは認められない。

したがって、本出願は、特許法36条3項の規定を満たしていないから、同法49条1項3号の規定(平成5年法律第26号による改正前)により拒絶されるべきものである。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明の技術内容を誤認した結果、本出願は特許法36条3項の規定を満たしていないと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)審決は、本願発明の磁石合金について、「ごく一部の組成のものを除き、その組成範囲全体にわたる(中略)磁石合金の基本的特性である磁気特性が開示されて」いない旨説示している。

しかしながら、本願発明は、従来技術である希土類元素、鉄、ほう素からなる磁石合金(以下、「RFeB系磁石合金」という。)を前提として、該合金が温度と湿度に曝されたときの壊変に対する抵抗を改良することを目的とするものであるところ、RFeB系磁石合金が最高の磁気特性を示すことは本出願前に公知の事項であるから、本願明細書において本願発明の磁石合金の磁気特性をあえて開示する必要がないことは当然である。

この点について、審決は、「酸素量を多くした場合の永久磁石合金としての有用性は疑わしい」、「酸素量が8000~35000ppmとなっても、磁石合金として有用な特性が得られると推測できるものでもない」旨説示する。

しかしながら、「永久磁石合金としての有用性」あるいは「磁石合金として有用な特性」は決して一義的なものではなく、最高の磁気特性を示さない磁石合金であっても用途によっては「有用」であり得るし、高温湿下では磁気特性が劣化しても常温において相応の磁気特性を示すならば「有用」な磁石合金であり得る。審決の上記説示は、「希土類磁石合金における酸素の含量が多くなることは好ましくない」(本願明細書3欄19行、20行)という本出願前の技術常識のみを論拠とするものであって、当たらない。そして、本願明細書の発明の詳細な説明における例3(表-Ⅲ)には、酸素の含有量を8000ppmとしても磁気特性の劣化がないことが記載されているが、この8000ppmという数値は、本願明細書に従来技術として援用されている米国特許第4664724号明細書において酸素含有量の上限とされている300ppmの約27倍であるから、上記の技術常識はすでに覆されているのであり、酸素の含有量が8000ppmを超える場合は、必要とする磁気特性との関係において酸素含有量を適宜に選択すればよいのである。

ちなみに、本出願後の原告の実験結果(甲第11号証の「宣誓陳述書」参照)によれば、希土類元素(Nd+Dy)が35.3重量%、ほう素1.0重量%、残部が鉄からなる磁石合金において、酸素含有量を本願発明の要旨の上限である3.5重量%近傍とした場合のBHmaxは少なくとも10MGOeを示し、磁気特性において何ら問題がないことが明らかになった。

(2)また、審決は、「本願発明は、公知技術との相違が含有元素量の数値限定の点のみに存する発明ということになり、それゆえ、技術的事項を根拠とする限定理由がなければならない」としたうえ、「特許請求の範囲1に記載されたRFeBの組成範囲の数値を採用した根拠が発明の詳細な説明に記載されていない」旨説示している。

しかしながら、本願発明は、RFeB系磁石合金において多量の酸素の含有は好ましくないと考えられていた従来技術に対し、高温湿下でも壊変し難いRFeB系磁石合金を得るため、従来採用されていた量よりも多量の酸素を含有させることを特徴とするものである。したがって、本願発明の特許請求の範囲における希土類元素及び鉄の含有量は、従来技術を示すために、本出願前に採用されていた数値の範囲内において原告が必要と考える数値を記載したにすぎず、それらの数値限定の根拠を明らかにする必要は全く存しないから、審決の上記説示は誤りである。現に、本願明細書に従来技術を示すものとして援用されている甲第4号文書のFIG.5(別紙B)においてBHmaxが35MGOeを示している磁石合金の組成の原子%を重量%に換算すると、別紙Cに実線が交差する範囲として示されているとおり、希土類元素が30~36重量%、鉄が63~69重量%、ほう素が0.8~1.4重量%の範囲となるが、この組成は、鉄の含有量の上限及び下限が本願発明のそれよりそれぞれ3%高くなっているにすぎず、両者は実質的に同一というべきである。

この点について、被告は、酸素を含有しない場合の本願発明の磁石合金において、ほう素の含有量は0~10重量%とすることができる旨主張するが、これはあくまで算術上の結論にすぎず、本出願当時の技術水準を無視した特異な解釈である。すなわち、上記のように甲第4号文書において35MGOeを示す磁石合金のほう素含有量が0.8~1.4重量%であることが明らかにされている以上、本願発明が要旨とする「残部がほう素」が「0.8~1.4重量%」の近傍を意味すると考えるのは当然であり、このことは、本願明細書の発明の詳細な説明における例1のほう素が1重量%、例2のC-4のほう素が0.94重量%、C-5のほう素が0.964重量%であることによっても裏付けられる。

なお、本願発明において酸素の含有量を「6000から35000ppm」に限定した根拠は、明細書の発明の詳細な説明における例4に関する説明及び別紙Aの第1図の記載によって明らかであり、このように酸素含有量を限定した結果、本願発明は湿気と熱の条件下で使用されても、水素吸収と分解に抵抗するという特有の作用効果を奏するものである。

(3)さらに、審決は、本願発明の「ほう素の含有量の範囲が不明確である」、「下限値がゼロでもよいのか否かも不明確である」旨判断している。

しかしながら、特許請求の範囲に、発明の構成に欠くことができない事項として「残部が…」と記載されている以上、当該成分がゼロであってはならないことは当然である(このことは、本願明細書の発明の詳細な説明の冒頭に、「少なくとも一つの希土類元素とほう素との組合せに鉄を含有させている合金」(2欄2行、3行)と記載されていることからも明らかである。)。

そして、本願発明が、ほう素の含有量についても本出願前に採用されていた数値を前提とすることは、希土類元素及び鉄の含有量と同じであるから、審決の上記判断は誤りである。

(4)最後に、審決は、本願明細書の「発明の詳細な説明には、当業者が容易にその発明を実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されているとは認められない」旨説示している。

しかしながら、本願明細書には、前記のとおり従来技術であるRFeB系磁石合金を前提として、高温湿下でも壊変し難いRFeB系磁石合金を得るためには、従来採用されていた量よりも多量の酸素を含有させるべきことが具体的に記載されているから、審決の上記説示は失当である。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲1の記載)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、「酸素量を多くした場合の永久磁石合金としての有用性は疑わしい」、「酸素量が8000~35000ppmとなっても、磁石合金として有用な特性が得られると推測できるものでもない」とした審決の説示は当たらない旨主張する。

しかしながら、合金は、成分元素の種類・含有量あるいは生成手段等によって、得られるものが示す特性は多様に変化し、一般に予測し難いものであるから、磁石合金に係る発明は、特許請求の範囲に記載されている組成の全範囲について、磁石合金としての基本的な磁気特性(残留磁束密度、保磁力、最大エネルギー積等)を有する旨が明らかにされることが最低限必要である(特許庁の「産業別審査基準 合金」においても、合金の発明は、「その成分組成範囲の合金がどのような性質または/および用途を持つかという有用性と結びついて初めて発明が完成されたものとする。そして、合金は(中略)混合物とみなして審査するものであるから、合金の発明の特許性は少なくとも上述した諸点、すなわち(1)合金成分組成範囲、(2)その合金の持つ性質または/および用途の各点を審査して判断しなければならない」とされている。)。したがって、本願発明の磁石合金についても、高温湿下でも壊変し難いことのみならず、それが所要の磁気特性を有することが定量的に明らかにされねばならない。しかるに、本願明細書には、従来、磁気特性が急激に劣化し磁石合金として使用できないと信じられてきた酸素の含有量が8000ppmを超える場合の磁気特性について何らの記載も存しないのであるから、審決の上記説示に誤りはない。

この点について、原告は、本出願後の実験結果によれば希土類元素(Nd+Dy)が35.5重量%、ほう素1.0重量%、残部が鉄からなる磁石合金において、酸素含有量を本願発明の要旨の上限である3.5重量%近傍とした場合も磁気特性において何ら問題がないことが明らかになった旨主張するが、原告が援用する「宣誓陳述書」(甲第11号証)には具体的な実験条件等が全く記載されていない。のみならず、そもそも、特許出願の適否は当該明細書及び図面の記載ならびに出願当時の技術水準に基づいて判断されるべきであるから、原告の上記主張は失当である。

2  原告は、本願発明の特許請求の範囲における希土類元素及び鉄の含有量は、従来技術を示すために本出願前に採用されていた数値の範囲内において原告が必要とする数値を記載したにすぎない旨主張する。

しかしながら、RFeB系磁石合金は多様な組成が可能であるから、原告が援用する甲第4号文書記載の組成をもって、本願発明の特許請求の範囲に記載されている組成と実質的に同一ということはできない。すなわち、酸素を含有しない場合の本願発明の磁石合金において、ほう素の含有量が最大となるのは希土類元素及び鉄の含有量が最小(すなわち、希土類元素が30重量%、鉄が60重量%)のときであるから、ほう素の含有量は0~10重量%とすることができる。これらの重量%を原子%に換算すると、希土類元素をネオジム(Nd)とした場合は9.4~17.9原子%、鉄が48.7~83.4原子%、ほう素が0~41.9原子%となり、その範囲は別紙Cに鎖線で示されているとおりである。また、希土類元素をジスプロシウム(Dy)とした場合は8.5~16.2原子%、鉄が49.2~85.0原子%、ほう素が0~42.4原子%となり、その範囲は別紙Cに一点鎖線で示されているとおりであって、これらの範囲は、原告が甲第4号文書においてBHmaxが35MGOeを示す範囲として示されているとする別紙Cの実線が交差する範囲を包含するものの、それより遥かに広範なものであり、かつ、磁気特性について多大の疑問がある領域(例えば、甲第4号証文書24頁の表2-1のNO.13)を含むものである。この点について、原告は、本願発明の磁石合金におけるほう素の含有量を0~10重量%とする被告の解釈を、算術上の結論にすぎず本出願当時の技術水準を無視した特異なものと主張するが、ほう素の含有量を0.8~1.4重量%とする原告の解釈こそ、本願明細書の記載に基づかないものである。

そして、合金は成分元素の種類・含有量等によって得られるものが示す特性が多様に変化し予測し難いことは前記のとおりであるから(例えば、3成分からなる公知の合金に第4の成分を添付した場合、第4の成分による効果が付加されるのみで、3成分からなる公知の合金が有していた特性は変化しないとはいいきれない。)、本願発明についても、「RfeBの組成範囲の数値を採用した根拠」を明らかにする必要があることは当然であって、原告の上記主張は誤りである。

3  原告は、本願第1発明のほう素の含有量について、特許請求の範囲に「残部が…」と記載されている以上、当該成分がゼロであってはならないことは当然である旨主張する。

しかしながら、特許請求の範囲において「残部が…」と記載されるのは、当該残部が主成分あるいは最大量の成分である場合が通例である。しかるに、本願発明の特許請求の範囲においては、主成分あるいは最大量の成分ではないほう素を「残部」としているので、本願発明がほう素をその構成に欠くことができない事項としていることは認めるとしても、ほう素の含有量が一義的に明らかであるとはいえないから、原告の上記主張は当たらない。

4  原告は、本願明細書には従来技術であるRFeB系磁石合金を前提とし、高温湿下でも壊変し難いRFeB系磁石合金を得るために従来採用されていた量よりも多量の酸素を含有させることが具体的に記載されているから、本願明細書の「発明の詳細な説明には、当挙者が容易にその発明を実施できる程度に発明の目的、構成、効果が記載されているとは認められない」とした審決の説示は誤りである旨主張する。

しかしながら、本願明細書に、酸素の含有量が8000ppmを超える場合に本願発明の磁石合金が示す磁気特性に関する記載が全く存在しない以上、磁石合金を対象とする発明に係る本出願は特許法36条3項に規定する要件を満たしていないといわざるを得ず、この点に関する審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲1の記載)及び3(審決の理由の要点)は、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許出願公告公報)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、少なくとも1つの希土類元素とほう素の組合わせに鉄を含有させた合金から生成された永久磁石に関するものであって、このような磁石合金が最高のエネルギー積をもつことは公知である(2欄2行ないし4行)。

このような磁石合金は十分な商業的価値を有するが、高温かつ高湿度の条件下においては物理的に安定性を示さないことも公知である。すなわち、磁石合金はほとんどの場合、高温湿下において使用されるが、鉄を含有する磁石合金は湿気中の水素と反応し、磁石合金に吸収された水素は磁石(特に、その表面)の壊変を生ずる(2欄7行ないし16行)。

本願発明の目的は、磁石が高温湿下で使用されても、水素吸収と分解に抵抗する磁石合金を提供することである(2欄17行ないし3欄2行)。

(2)構成及び作用効果

上記の目的を達成するため、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし4行)。

従来、RFeB系磁石合金は、酸素の含有を極力抑えるようにして製造されている。例えば、甲第4号証文書に、不純物として許容され得る酸素は多くとも1at%であって、それ以上の含有は磁性に悪影響を及ぼす旨が記載され、また、米国特許第4664724号明細書に、300ppm以上の酸素の含有は保磁力及び最大エネルギー積を減ずる旨が記載されているように、RFeB系磁石合金において酸素の含有が多くなることは好ましくないと考えられていた(3欄6行ないし20行)。

しかしながら、本願発明の発明者は、ある量の酸素を含有させることによって、RFeB系磁石合金が高温湿下においても使用し得ることを見出だしたものである(3欄20行ないし24行)。

例1 重量%でネオジム33、鉄66、ほう素1の組成の磁石合金の磁気的性質は、別紙Aの表-Ⅰ記載のとおりであって(Brは残留磁気、Hcは保磁力、Hciは固有保磁力、Hkはループ平方、BHmaxはエネルギー積)、酸素は2000ppm含有されていたが、オートクレーブ試験(16時間、315°F)によって磁石は完全に壊変された(4欄2行ないし25行)。

例2 希土類元素の含有量が異なる磁石合金の磁気的性質は、別紙Aの表-Ⅱ記載のとおりである(酸素の含有量は2000ppm。4欄26行ないし33行)。

例3 表-Ⅱ記載の各標本に2000ppmないし8000ppmの酸素を含有させた場合、オートクレーブ試験の前と後における磁気的性質は、別紙Aの表-Ⅲ記載のとおりである。これによれば、酸素含有量を増加することが高温湿下における磁石の安定性を改良することが明らかである(5欄12行ないし6欄15行)。

例4 例1記載の組成の磁石合金において、酸素含有量と磁石壊変の関係は、別紙Aの第1図記載のとおりである(6欄16行ないし21行)。

2  原告は、本願発明は従来技術であるRFeB系磁石合金を前提とするものであるが、RFeB系磁石合金が最高の磁気特性を示すことは本出願前に公知の事項であるから、本願明細書において本願発明の磁石合金の磁気特性を開示する必要はない旨主張する。

検討するに、本願明細書には、RFeB系磁石合金において「酸素の含有が多くなることは好ましくないと考えられている。」(3欄19行、20行)と記載されているにもかかわらず、例3(別紙Aの表-Ⅲ)において酸素含有量が8000ppmのときの磁気特性が記載されているのみで、酸素含有量が8000ppmを越える範囲における磁気特性が明示されていないことは前記1のとおりである。

しかしながら、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「希土類磁石合金における酸素含量を検討した結果、ある量の酸素を希土類磁石合金に含有させることにより、えられる磁石は、熱と湿気の条件下でも使用されえることを認めた。大ざっぱに、発明の実施において、重量パーセント少なくとも一つの希土類元素の30から36、鉄の60から66、残りほう素よりなる磁石合金に、6000から35000ppmの範囲に、(中略)酸素が加えられる。」(3欄21行ないし29行)と記載されていることが認められるから、当業者であれば、この記載から、前記組成の合金に6000から35000ppmの範囲において酸素を加えることにより、高温湿度下においても、基本的な磁気特性を有し、かつ壊変に対する抵抗性を有する希土類磁石合金を得られることを理解できるというべきである。そして、成立に争いのない甲第10号証によれば、昭和59年特許出願公開第46008号公報には「最大エネルギ積(BH)max≧7MGOeを示し、好ましい範囲である。最も好ましくは、(中略)最大エネルギ積(BH)max≧10MGOe」(3頁右上欄16行ないし20行)と記載されていることが認められるから、エネルギー積が7ないし10以上であれば磁石合金として一応有用であるとされるところ、成立に争いのない甲第11号証によれば、本出願後の1997年4月11日付けで署名されている「アンドリュー・キム博士の宣誓陳述書」には、「酸素含量の関数としての希土類(Nd+Dy)35.5%-ほう素1.0%-残余が鉄及び不純物である磁石合金の磁気特性」として、「酸素% 3.42」のときは「BHmax、MGOe 13.35」と記載されていることが認められる(3枚目)。ここにいう「酸素% 3.42」は重量%であり、34200ppmのことであるから、本願発明の特許請求の範囲に記載されている酸素含有量の上限に極めて近い。したがって、前記実験結果からも、本願発明の磁石合金をその磁気特性についてみた場合、その組成の全範囲について一応有用であることが裏付けられたというべきである。

この点について、被告は、特許出願の適否は当該明細書及び図面の記載ならびに出願当時の技術水準に基づいて判断されるべきである旨主張する。しかしながら、本願明細書にその組成の全範囲についての磁気特性が明記されていないのは、本願発明の技術的課題が、前記のように、高温湿下で使用されても壊変しないRFeB系磁石合金を得ることにあるからであって、「酸素量が8000~35000ppmとなっても、磁石合金として有用な特性が得られる」ことが当業者に理解できる程度に記載されていれば、そのすべての特性について試験結果をもって明確にすることまで要求されるものではない。

また、被告は、前記「宣誓陳述書」には具体的な実験条件等が全く記載されていない旨するが、前掲甲第11号証によれば、「アンドリュー・キム」は原告の「クルーシブル・リサーチ・センターの管理者」(1枚目5行、6行)であることが認められるから、甲第11号証に記載されている実験は、本願明細書記載の例1ないし3に準じた条件下で行われたと推測するのが自然であって、その実験結果に疑義を挟むべき理由は見当たらない。

3  原告は、本願発明の特許請求の範囲における希土類元素及び鉄の含有量は、従来技術を示すために本出願前に採用されていた数値の範囲内において原告が必要とする数値を記載したにすぎないから、それらの数値限定の根拠を明らかにする必要は存しない旨主張する。

確かに、特許請求の範囲において、従来技術を示すために従来一般に採用されている数値を記載することは、あながち不合理といえない。しかしながら、原告がRFeB系磁石合金の組成に関する従来技術と主張する希土類元素30~36重量%、鉄63~66重量%、ほう素0.8~1.4重量%(甲第4号文書のFIG.5において最大エネルギー積が35MGOeを示す範囲)と、本願発明が要旨とする数値とを対比すれば、希土類元素の含有量は一致するものの、鉄の含有量が一致しないことは明らかである。そして、鉄の含有量において本願発明が従来技術から逸脱する範囲(上限が60重量%を越えるが、63重量%未満でもよいとする点)は、RFeB系磁石合金における鉄の含有量として技術的に無視し得る範囲ということはできず、かつ、鉄の含有量が63重量%未満でもよいことが本出願当時自明であったと認めるに足りる証拠も存しない。また、本願発明の特許請求の範囲の記載からは、ほう素の含有量が0.8~1.4重量%であることを導き出すことはできない(特許請求の範囲から導き出せるほう素の含有量は、酸素を含有しない合金において10重量%以下、酸素含有量を最小として9.4重量%となる。)から、甲第4号文書に示されているRFeB系磁石合金の成分組成と本願発明のそれとは実質的に同一であるという原告の主張は失当である。

原告は、本願発明におけるほう素の含有量が0~10重量%となるというのは算術上の結論であって、本出願当時の技術水準を無視している旨主張するが、原告自らが数値範囲をこの範囲に限定しておきながら、そのうちの限られた部分のみがほう素の含有量であるとする解釈を採り得る余地はない。

このように、本願発明は、公知のRFeB系磁石合金の改良に関するものであるが、公知のRFeB系磁石合金の成分組成とは異なる成分組成を採用するものである。そして、およそ合金は、既知の幾つかの成分元素の選択・組合わせのみによって構成されるものであるから、「特許請求の範囲で限定された組成範囲について、(中略)その数値を採用した根拠を、技術的な意義に基づいて、発明の詳細な説明において開示すべきである」、「本願発明は、公知技術との相違が含有元素量の数値限定の点のみに存する発明ということになり、それゆえ、技術的事項を根拠とする限定理由がなければならない」とした審決の説示は、正当として肯認し得るものである。

しかも、本願発明は従来技術では好ましくないとされていた量の酸素を加えるものであるから、このような酸素含有量との関係において前記成分元素の数値を特許請求の範囲に限定することの技術的意義が明らかにされるべきであるが、前掲甲第2号証を検討してもこの点についての記載を見出だすことはできない。

したがって、「特許請求の範囲1に記載されたRFeBの組成範囲の数値を採用した根拠が発明の詳細な説明に記載されていない」ことを、本出願が特許法36条3項に規定する要件を満たしていないとする論拠とした審決の認定判断に誤りはない。

4  原告は、本願発明の「ほう素の含有量の範囲が不明確である」、「下限値がゼロでもよいのか否かも不明確である」とした審決の判断は誤りである旨主張する。

検討するに、ほう素の含有量について、特許請求の範囲に「残部が…」と記載されている以上、ゼロであってはならないことは当然である。また、特許請求の範囲に記載されている希土類元素、鉄及び酸素の各上限値・下限値から計算すれば、ほう素の含有量が9.4重量%以下あるいは3.4重量%以下であるべきことは当然に導き出されるから、「ほう素の含有量の範囲が不明確である」とした審決の判断は当たらない。

したがって、この点に関する原告の主張は正当である。

5  以上のとおりであるから、審決が本願明細書の発明の詳細な説明には当業者が容易にその発明を実施できる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されていないとした点のうち、<1> 磁石合金の磁気特性に関する点、及び、<3> ほう素の含有量に関する点についての判断は誤っているが、<2> 「RFeBの組成範囲の数値を採用した根拠」に関する判断は正当である。したがって、本出願は特許法36条3項に規定する要件を満たしていないとした審決の結論は、正当として維持し得るものというべきである。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間附加につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙A

<省略>

<省略>

別紙B

<省略>

別紙C

原告第一準備書面に添付した付表の図に本願発明の基本合金組成を重量%から原子%に換算した、R(Nd):9.4~17.9原子%、Fe:48.7~83.4原子%、B:0を超え41.9原子%の合金組成範囲、及び、R(Dy):8.5~16.2原子%、Fe:49.2~85.0原子%、B:0を超え42.4原子%の合金組成範囲

をそれぞれ鎖線及び一点鎖線により重ねて表示したもの

<省略>

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